乗馬(馬術)エトセトラ
東京2020オリンピック・パラリンピック 馬術競技ピンバッジ | ||
公式ライセンス商品 | JRA記念品 | |
習志野乗馬会 優勝記念品 | ||
習志野乗馬會は、大正7年(1918年)に始まった馬術競技の全国大会。現在の日本馬術連盟の前身・日本乗馬協會が創設されたのは、その4年後の大正11年。会場は「日本における近代馬術文化始まりの地」とされる習志野(現在の自衛隊習志野駐屯地の場所)にある陸軍騎兵学校。同校には「日本馬術の父・遊佐幸平」や「ロサンゼルスオリンピック馬術大障碍飛越競技金メダリスト・西竹一」らが所属。 しかし、その後、時代は「騎兵から戦車」となり昭和9年(1934年)、陸軍騎兵学校では装甲自動車隊の教育が始まり、後に陸軍軽機甲学校と改称される。その流れのなか、唯一無二の格式の高い馬術競技会である習志野乗馬會も、昭和12年が最後の開催となった。 下記写真は昭和2~5年度習志野乗馬會の優勝記念品の一部。賞状やカップ、メダル、リボンに加え、お値打ち品の副賞が授与された。 |
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ブロンズ像 (P.J.Mene 作) | 銀製鞭頭 | 優勝リボン / 馬房用優勝プレート |
(ファミリーによる受賞品) |
日本切手に描かれた馬術競技(国体) | ||||
第5回 国民体育大会 | 第25回 国民体育大会 | 第65回 国民体育大会 | 第74回 国民体育大会 | 日本のスポーツ100年 |
1950年 | 1970年 | 2010年 | 2019年 | 2011年 |
障害馬術(愛知) | 馬術競技(岩手) | 馬術(千葉) | 馬術(茨城) | 第2回 国民体育大会 |
国民体育大会(国体)は終戦の翌年となる昭和21年(1946年)に始まる。まだ国中が混乱と貧困に苦しむなか、広く国民に希望と勇気を与えようとの思いも胸に、戦前に行なわれていた明治神宮競技大会を参考に第1回近畿国体が開催された。馬術も競技種目の一つとなる。以後毎年、各都道府県持ち回り方式で開催されると共に、第2回からは競技種目がデザインされた日本初のスポーツ切手が発行される。馬術競技が意匠となった最初は昭和25年、愛知県で開催された第5回大会からで、以後、第25回岩手大会、第65回千葉大会、第74回茨城大会と続き、これらのデザインは全て障害飛越のシーンが描かれている。 また平成22年(2011年)、日本体育協会と日本オリンピック委員会が大日本体育協会として創立されてから100周年を迎えることを記念し『日本のスポーツ100年』の10種連刷シートが発行されるが、そのなかの1枚に国体もテーマとして取り上げられる。『第1回大会の女子バレーボールと第2回大会の馬術』と題する切手で、石川国体における馬術競技が描かれている。 国体の馬術競技は、馬場内で定められた課題運動を人馬一体となって演技し、その正確さや美しさから馬の調教レベル、騎手の技量を競う「馬場馬術」。馬場内に設けられた高さや幅、形状の異なる障害物を規定時間内に飛び越え飛越能力を競う「障害馬術」。馬場馬術、障害馬術に加え「クロスカントリー」を3日間にわたり同じ人馬のコンビで行なう「総合馬術」の3種目がある。なお開催によってはクロスカントリーは行わず、馬場馬術、障害馬術の点数をもって総合馬術とすることもある。 ところで第1回国体が行われた会場は、戦前より競馬が行われていた京都長岡競馬場。馬術競技の会場に競馬場が利用されること自体は珍しくなく、1984年のロサンゼルスオリンピックではサンタアニタパーク競馬場が使用されているが、興味深いのはその宿泊場所。終戦直後の時代を映し出すように、なんと馬券売り場だったという。 |
日本切手に描かれた馬術競技(第18回オリンピック東京大会) | |
オリンピック東京大会にちなむ寄付金つき郵便切手 第5次(1963年発行) | オリンピック東京大会にちなむ寄付金つき郵便切手 第6次(1964年発行) |
馬術 | 近代五種 |
敗戦からの復興を世界に示す第18回オリンピック東京大会は、昭和39年(1964年)に開催された。競技数は新たに採用される柔道を加え20に。『オリンピック東京大会にちなむ寄付金つき郵便切手』は大会資金の捻出手段の一つとして3年間6次にわたり、全競技種目となる20種がデザインされ順次発行された。馬術競技としては5次に『馬術』、6次に『近代五種』が登場する。図柄は国体切手同様、障害飛越の場面となっている。
馬術競技は馬事公苑で「馬場馬術」、国立競技場(当時)で「障害馬術」、そして長野県軽井沢町で「総合馬術」が行われた。「総合馬術」は「馬場馬術」「障害馬術」に加え「クロスカントリー」を3日間にわたり同じ人馬のコンビで行なうため、馬場と野外コースが設定可能な軽井沢町での開催となった。軽井沢町は平成10年(1998年)開催の長野オリンピックではカーリングの会場となっており、「夏期」「冬季」両方のオリンピック会場となった珍しい町になる。長野新幹線軽井沢駅のコンコースには軽井沢を世界に紹介した宣教師ショーのプレートと共に、馬術競技とカーリングのプレートが飾られている。因みにクロスカントリーが行われた場所は、現在ゴルフ場の「軽井沢72ゴルフ」となっている。 「総合馬術」の初日は「馬場馬術」。単独競技の馬場馬術とは異なり、翌日の「クロスカントリー」で事故がないよう、調教が十分にできているかが審査の主眼。「クロスカントリー」は野外不整地を走行、また設置された障害物を飛越しスピードと耐久力を競う。「障害馬術」は余力審査的な意味合いで、馬のスタミナがどの程度残っているかがポイントとなる。 「近代五種」は「フランスの騎兵将校が、馬で敵陣に乗り込み(馬術)、敵を銃と剣で討ち倒し(射撃、フェンシング)、川を泳いで渡り(水泳)、丘を越えて走り抜けた(クロスカントリー)」という故事をもとに競技化したもの。5種目が5日間にわたって行なわれる。馬術は抽選により決定した貸与馬による障害飛越競技。第18回オリンピック東京大会では5日間の初日、選手村とする計画もあった埼玉県の朝霞根津パークを会場に行なわれた。 ところで『オリンピック東京大会にちなむ寄付金つき郵便切手』の寄付金は5円。はがき1枚が5円の時代、寄付金は切手の額面と同額と高額であったが、オリンピックへの期待、切手収集ブームに沸くなか、そのデザイン性とも相まって人気は沸騰。学校を通しての予約販売も行われ、筆者も上記第5次は小学校、第6次は中学校で購入手続きを行ない受け取った。1次3種の発行枚数は各400万枚だったが、その後各450万枚、各500万枚、各800万枚、4種となる5次6次は各1400万枚と加速度的に増加。3種連刷(5次、6次は4種連刷)のシートを含め寄付金総額は10億円を超えた。東京オリンピックの経費は265億円ともいわれるので、その約4%は切手が稼ぎ出したことになる。 |
日本切手に描かれた馬術競技(第32回オリンピック東京大会) | |||||||
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(2021年6月23日発行) | |||||||
シート1 | シート2 | シート3 | |||||
馬場馬術 | 総合馬術 | 障害馬術 | 近代五種 | パラリンピック 馬術 | |||
「東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会」、即ち第32回オリンピック東京大会は、コロナウイルス感染症の世界的流行により1年延期され、令和3年(2021年)に開催された。切手の発売は開会式の1ヶ月前、2021年6月23日であったが1年延期しても感染拡大は収まらず、その時期になっても開催の是非が世論を二分していた。 競技は無観客で行われたが、空手やスケートボード、スポーツクライミングなどが加わりオリンピックの競技数は33、種目数は339に。パラリンピックは22競技540種目。『東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会』の記念切手は、東京2020公式ライセンス商品として発行された。因みに日本郵便は東京2020オフィシャル郵便パートナーとなっている。オリンピック切手はそれぞれ25種の競技・種目が描かれたシートが2種類(シート1、シート2)、パラリンピックは23種類およびパラリンピックエンブレムをデザインした切手2枚が加わったシート(シート3)。この中に馬術競技としてはシート1に『馬場馬術』『総合馬術』『障害馬術』、シート2に『近代五種』、シート3に『パラリンピック馬術』が登場する。オリンピックの馬術競技は第18回東京大会と今回とで競技種目は一緒だが、嬉しいことに馬術関連の切手はパラリンピックを含め5種類となった。 そして、馬術競技が描かれた日本切手としては初めて「馬場馬術」が意匠となった。シルクハットに燕尾服の女性騎手。しかしこの「当たり前」と思える光景は最早お目にかかれない。2010年に米国の馬場馬術オリンピック選手が練習中に落馬、頭蓋骨骨折をしたことで、ヘルメット(保護用ヘッドギア)の着用が急激に進み、今大会ではヘルメット着用が義務付けられた。もはやシルクハットやダービーハットの着用はご法度に。オリンピックでは2012年ロンドン大会から一部の選手で使用が始まり、馬場馬術優勝者も着用していた。馬術競技ならではの優雅な姿が見られなくなったが、それはそれで馬術の世界。エルメスのヘルメット着用の選手もいる。 障害馬術は一般的な紅白のバーが描かれているが、オリンピックでは開催都市(国)に因んだ光景や文化・名物等をデザインした障害が名物になっている。2008年の北京大会では口を開けた龍の背中を飛び越えるシーンが有名。2012年ロンドン大会ではビッグベンやロンドンブリッジ、2階建てのロンドンバス、また会場近くにグリニッジ天文台があることから三日月型の障害物も登場。2016年リオデジャネイロ大会ではアマゾンのジャングルをイメージした色鮮やかな鳥たちが群がる太い流木の水壕障害等々。 今回の障害物では日本ならではのモノがてんこ盛りで演出された。クロスカントリーの障害では、日本刀、招き猫、シャチホコ、富士山の四季等々、最後は新幹線を二つ飛んでゴールへ。まさかの箸に握り寿司というのもあった。障害馬術では桜や鯉、和太鼓、、力士、ダルマ、こけし、扇子、千羽鶴、また日本橋や日光東照宮の眠り猫、北斎の浮世絵「神奈川沖浪裏」等々。力士や櫛・かんざしとともに日本髪の女性も登場。しかし、ダルマや力士はその風貌に驚く馬が続出。そのためダルマの設置は予選のみで決勝では東京オリンピックのマスコット「ミライトワ」にとって代わられた。しかしどんな障害物が置かれていても、人馬の信頼関係のもと、臆さずに跳んでいけるかも競技の内。 |
米国での外乗 | ||
アリゾナ州ツーソン | ハワイ州クアロア牧場 | ハワイ州タートルベイ |
全国の馬術競技会 | ||
第1回全國乗用自馬共進大會(大正15年) | 第4回、5回明治神宮體育大會(昭和2年、4年) | 四國乗馬大會(昭和3年) |
主催;日本乗馬協會 (現 日本馬術連盟の前身) | 主催;明治神宮體育會 | 主催;帝國馬匹協會 |
優勝賞金 百五拾圓 |
現在の国民体育大会 |
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(ファミリーによる受賞品) |
学生馬術競技会 | ||
第2回全日本學生馬術選手権大會(昭和5年) | 第15回関東学生馬術女子競技大会(昭和52年) | 第20回全日本学生馬場馬術競技会(昭和52年) |
主催;日本學生馬術協會 | 主催;関東学生馬術協会 | 主催;全日本学生馬術連盟 |
当時の太陽暦・紀元(皇紀)2590年は西暦1930年 |
前年に続き二連覇。優勝額は後援の日本中央競馬会より |
(ファミリーによる受賞品) |